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アーカイブズ

アーカイブズ(保存記録)

 消去してしまうには惜しい、以前のページ・過去のデータをご紹介する「アーカイブズ(保存記録)」のページです。過去の記事、予定表、お店の記録など...思い出を呼び覚ますお手伝いにご利用下さい。


アーカイブズ




コカコーラのCM [2006/04/27掲載]

 平成二年頃に撮影されたコカコーラのCM映像が発掘されました。神田祭にて同朋町の皆様が多数出演されている模様です。
 下の画像をクリックしますと、動画が再生されます。

コカコーラCM
[ コカコーラCM ]

 尚、再生にはWindows Media Playerが必要です。ファイルサイズが13MBと若干重いため、環境によっては再生までに多少の待ち時間が必要です。
 ご感想等、井戸端会議にてお待ちしております。




宝田さん登場 [2006/12/04掲載]

 東京新聞様の記事「人、街に生きる 湯島聖堂?:半世紀見守る主治医」にて、当町会の宝田さんが紹介されました。
 下の画像をクリックしますと、記事が表示されます。

宝田さん
[ 垣根の手入れに余念のない宝田さんと孔子像 ]

 夏は午前五時半、冬は六時半、犬の散歩を兼ねて聖堂の敷地内を毎朝見回る。鳶職の宝田秀吉さん(七十六)。江戸町火消「いろは48組」の「か組」の頭だ。
 火消文化は平成の今も社団法人「江戸消防記念会」の形で残っていて、「か組」はその第五区二番組に当たる。

 鳶には二種類ある。大手建設会社の下請けをする「野丁場の鳶」と、町会のお抱えである「町場の鳶」。宝田さんは後の方だ。高等小学校卒業と同時に大工見習いに。鳶になったのは十八歳。昭和二十九年に父親の鶴吉さんが亡くなり「か組」の役を引き継いでからでも半世紀になる。
 火事はめったにあるものではない。その代わり、正月支度、祭りの段取り、婚礼や弔い、もめごとなど、何かことがあるたびに町内の人たちからは頼りにされ、出番がある。聖堂の垣根や屋根、堀の修繕なども、そのひとつだ。もっと大きな工事が必要になったら、植木屋や左官屋、建設会社などに自ら手配する。
 「雑用ばかりですが、かっこよく言えば、聖堂のホームドクターですかね」
 記念会の公演で、ハワイをはじめ海外へは何度も出かけた。木遣りも、ハシゴ乗りも、まといを持ってのパレードも、日系の人を中心に圧倒的な人気がある。だが、宝田さん自身は、一週間もすると、聖堂のことが心配で、気が気でなくなる。
 敷地内にはイチョウ、クスノキなど約三百本が茂っている。仰高門を入ってすぐ右手の孔子銅像の前には、高さ三十メートルの楷の巨木。
 「町場のまん真ん中にこれだけの自然があって、みなが助かってますよ」
 昭和二十年の空襲の際には、一帯が猛火に包まれた中でこの森だけが焼け残った。父親の鶴吉さんら近所の人たちはここに逃げ込んで九死に一生を得た。
 来年は孔子復活から百周年。これを記念する構内整備計画が進んでいる。まずは二百数十年間伸び放題だった木々の手入れからだ。頭はますます忙しくなる。

(本文は東京新聞様の御同意を頂き、『東京新聞 夕刊 2006年11月24日 金曜日 D版』の記事から転載させて頂きました)


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